幕張のスピードスター

この男に触れずにはいられなかった。

かつて千葉ロッテに颯爽と登場した、

幕張のスピードスター。

西岡剛

ドラフト1位で入団し、高橋慶彦に師事。

人一倍の練習量を誇り、ボビーバレンタイン監督のもと

頭角を現し始める。

2005年には盗塁王を獲得。さらにB9、GGを獲得。

さらに翌年に始まるWBCにおいて、日本代表として選ばれる。

ロッテにスター選手が生まれた瞬間であった。

スマートな体型とルックス、でっかいハマーに乗り

髪の毛をいじり倒した派手な身なりはテレビ受けし、

スポーツニュースから芸能人とデートする番組まで出演。

その名を全国区に知らしめた。

それまでのロッテのスターは炎のエースジョニーだったり、

幕張のファンタジスタ初芝、伊良部クラゲ、サンデー兆治と、

落合以降は野球ファンなら知っているが全国区とは言い難い

選手達が大半で、いわゆる玄人好みなチームであった。

その為、古参のロッテファンにとっての西岡という存在は、

ちょっと戸惑ってしまうほどの眩しさであったが、

彼の野球に対する真摯な姿勢は清々しく、

古い人間にも受け入れられる事となった。

2009年に一部応援団とのいざこざが発生し、

ライトスタンドに対して感情を抑えながらも声を上げた事は、

西岡の野球に対する姿勢を示しており、

多くのファンの心を揺さぶられる瞬間であった。

体制の変わった翌2010年には内野手として初めての

200本安打を達成。

チームの下剋上を達成させ、有言実行をしてみせる。

天運の全てが西岡の味方となり、

スターの真骨頂を見せつけた。

さすがだ。

このドラマのような出来事の後、ポスティング移籍でメジャーへ。

ポスティングにより西岡マネーを球団に残し、

背番号7はチームに帰ってこれるよう、空き番号となる。

その後の西岡は憑き物が落ちたのか、かつての輝きを取り戻せず、

わずか数年で日本に帰ってくる事になる。

そこで当然ロッテに戻ってくるものかと思っていた。

しかし選んだのは阪神

いつしかロッテの背番号7は鈴木大地がつけるようになり、

幕張のスピードスターは過去の思い出となっていった。

それ以降、その男についてのニュースは、怪我の情報が多くなり、

年俸返上話が出た時は「西岡らしいな」と恐らく多くのロッテファンは

思い出に浸った事であろう。

ファンの心の奥底では

「マリンでロッテのユニフォームを着た西岡が観たい」

と願っている。

一昨日、野球の神様は西岡にさらなる試練を与えたようだ。

私が知っているのはドラマの主人公のような西岡だ。

背番号が変わろうが、西岡はまたきっとマリンに帰ってくる。

ボロボロになって輝くスターもたくさんいる。