この選手、この一球【田中靖洋】【イ・デウン】
シーズンを通して1球の重みというものは確かにある。
目撃した重みある1球を紹介したい。
田中靖洋の1球
昨シーズン後に西武から自由契約とされ獲得した田中靖。
その兄は「加賀エクスプレス」と称され、ドラフト1位で
ロッテに入団した田中良平。
兄は活躍が出来ずにチームを去ったが、奇しくもその弟が
ロッテに流れ着いてきた。
浦和球場でその1球が放たれるまでの成績は、
2軍で防御率8.69と、期待に反した数字となっていた。
7月26日。
ネットでイースタンの試合が観戦できるようになり、
仕事の空き時間を利用してチェックしていた時の事。
その日は日本ハムとの1戦。
先発のチェンが6回に突如制球を乱し、ヒットと四球を連発し、
押し出しの四球で同点とされ、なおも2死満塁。
緊急登板でマウンドに田中靖が上がった。
バッターは右打者の松本。
オープン戦で見かけて以来の田中靖のピッチング。
その姿はやや横から投げるフォームに変わっていた。
バッターの松本はつい数日前まで1軍にいた選手。
ハムのバッターとして当然の如く粘りをみせ、
カウントは3-2と悪化していった。
そして7球目。
渾身のストレートが内角にズバリと決まる。
松本はバットをピクリとさせるも手が出ない。
見逃し三振。
スピードガンが無いので何キロ出ていたかは定かでないが、
140km台後半は出ていたであろう。
私はこの1球を見て、思わず身の毛がよだった。
こんな良い投手が浦和にいたとは・・
成績を見てみると防御率8点台、思わず目を疑った。
ここから田中靖は見違えるようなピッチングをするようになる。
その後の1軍での活躍は、この1球から生まれたのではないか。
腕を下げた自分のボールが確信へと変わった瞬間であっただろう。
イ・デウンの1球
前年に9勝を上げ、韓国人投手初の2ケタ勝利を期待された
今シーズン。
持ち前の剛球で押すピッチングと甘いマスクで、
一定数のファンから持てはやされた。
しかしイ・デウンにとっては、苦しいシーズンとなった。
開幕ローテを勝ち取れず、4月に早くも先発失格の烙印を
押され、ファームでもコントロールを乱し、8月まで1軍に
復帰が出来なかった。
当時けが人続出のスクランブル状態の1軍中継ぎ陣の中で、
強い球で押せる投手は心強く、接戦でも使われるようになった。
そして迎えた8月9日の楽天戦。
先発のスタンリッジはHQSの7回2失点でまとめあげ、
続く8回に南が勝ち越し点を許し、2-3で9回表のマウンドに
イ・デウンが上がった。
楽天のストッパー松井裕は調子を戻しながらも、未だに不安定な
内容のピッチングで、9回裏の攻撃に希望を残すべく1点も許せない
状況。
先頭の茂木に2塁打を許し、続くペゲーロを三振に切って取り、
1死2塁の場面。
この日4タコの4番ウィーラーの場面で、カウントが3-1となった時点で
ベンチは勝負を避ける作戦を指示する。
但し捕手が立って大きく敬遠するのではなく、
外角に外し気味に構えての敬遠を選択。
そして続く1球。
ボールゾーンのアウトコースからシュート回転して、
外角いっぱいにストライクが決まってしまう。
これでカウントは3-2のフルカウント。
何でもないカウントをとった1球であるが、
ベンチの指示を無視する結果の1球となる。
続くフォークボールをカットされ、もう1度ベンチは外す指示を出す。
しかしそのボールもストライクゾーンによってきて、ファールでカット。
さらにもう1度ベンチから外す指示が出るが、三度ストライクゾーンに
ボールが流れてきて、ウィーラーにタイムリーを打たれる結果となる。
試合としては万事休す。
作戦を反故にし、結果も最悪。
翌日からイ・デウンの名前は、1軍のメンバー表に
記載されることは無かった。
田中靖洋、イ・デウンと、
それぞれに明暗を分ける1球を投げたわけだが、
一方はスクランブル状態の中継ぎ陣を救い、
もう一方はチームを去っていく結果となった。
たかが1球、されど1球。
プロフェッショナルは、その1球の為に長い事練習を繰り返し、
その1球で人生を大きく変えていく。